民間療法とは何か?上手な付き合い方とは?
近年、民間療法がニュースになる場合ネガティブな論調で語られるケースが多いです。例えば「民間療法はエビデンスがない。」、「根拠がない民間療法を信じて症状が悪化した。」、「怪しいサプリメントにお金をつぎ込んでしまい損をしてしまった。」というものです。しかし民間療法は決して悪い部分ばかりではなく自分自身の身体に関心を持つようになったり、健康や暮らしへの意識が高まるなど良い部分も沢山あるのです。そもそも民間療法とは何なのでしょうか?また、どのように民間療法と上手に付き合っていけばよいのでしょうか?その事情に詳しい三樹園社 築田多吉商店の築田豊さんにお話を伺いました。
お話:築田豊さん(三樹園社 築田多吉商店・薬剤師)
大正時代に出版され日本で一番読まれた民間療法のスーパーベストセラー本「家庭における実際的看護の秘訣」(通称・赤本。以下赤本。)の作者築田多吉さんの孫。成蹊中学・高校を卒業後、東京薬科大学を卒業。薬剤師免許取得後製薬会社に勤務。その後世田谷区弦巻で薬店を営み医薬品・健康食品の開発に従事。現在は東京都西東京市に会社を移転。
民間療法とは?赤本は民間療法のバイブル。
田無北口鍼灸院・白石(以下白石):まずは民間療法とは何かについて整理します。正確に定義はされていないものの九州大学医学部のページには「 広く民間で伝承されているような治療法で、また経験に基づくアドバイス。一般の医療機関以外で行われ、医療施設による指導などが行われていない療法。」とあります。近年では厚生労働省が民間療法を統合医療の一部とみなしています。現在も民間療法は存在し、例えば私が生業にしているお灸(参考1)や、寒風摩擦、薬草利用、青汁などは民間療法の一部であるとも考えられます。民間療法といえばその界隈では赤本がもっとも有名であると思われますが出版された大正14年当時の時代背景や築田多吉さんについて簡単に教えてください。
築田豊(以下築田):多吉は明治5年、現在の福井県福井市の生まれです。16歳のころ上京し海軍に入隊し衛生兵を務めました。医師ではありません。今でいえば看護師で兵士も兼務している感じでしょうか?以後35年間海軍病院に勤務する傍ら全国各地に伝わる民間療法や伝承薬の情報を収集しまとめあげ大正14年53歳の時に赤本を出版しました。例えば、けがをして熱を持った痛みには芋を湿布として使うと熱が取れて早く治る。粉末からしを溶かして胸に塗ると初期の風や気管支炎の熱さましになる。大根おろしの絞り汁をガーゼに浸し、肛門に湿布すると痔の痛みが治まる。といった具体的な方法が書かれています。
最初は海軍関係者だけに配る予定でしたが評判になり次々と増刷され全国に広まり、戦前は一家に一冊ある定番の家庭の医学書になりました。現在までに増刷を繰り返し正確な数字は分からないものの累計2000万部を超える出版がなされているのではないかと思われます。当時は今のように薬も、医療機関もたくさんある訳ではなかったのです。また今のようにインターネットもありませんので誰でも気軽に健康情報にアクセスできる状態ではありませんでした。「自分の身は自分で守る。」という時代であり、ケガの応急処置から養生法までが記載された赤本が重宝されました。
白石:近年では予防医学やウェルネスが世界的な注目を集めていますが民間療法や養生はそれらの発想も先取りしているのではないでしょうか?
築田:その通りです。多吉が推奨した方法はお金かかる訳でなく、手間を惜しまなければだれでも取り組めるものが多いです。健康とは万人の願いであり、また人間には自然治癒力が備わっているため、本来は誰でも健康になるための取り組みができるのです。
大ヒット商品「梅肉エキス」と薬事承認
白石:赤本にも登場する健康食品、梅肉エキスは現在でも広く愛用されています。風邪の予防や癌になってしまった方が健康増進目的で愛用することも多いとお聞きしました。これは多吉さんが研究されこだわった物の一つだと思いますが誕生までのいきさつなどを教えてください。
築田:梅は日本でも梅干しや梅酒、菓子など様々な食品に利用されます。またその効用は様々な古文書にも書かれており、例えば16世紀に書かれた本草綱目では鳥梅(うばい)という梅の黒焼きが歯茎の腫れや吐しゃに効果があると書かれています。多吉は梅の効能を研究し赤本の中で公開しました。熟した梅ではなく青梅でなくてはいけません。実は当社では梅肉エキスを1957年から医薬品として販売していました。効果・効能は「大腸カタル・下痢・自家中毒」でした。しかし1997年医薬品の取り扱いをに自主的に返上したため現在は健康食品扱いになっています。その当時、厚生省はいわゆる健康食品を推し進め、各都道府県の薬務課の医薬品承認が急に厳格になりました。大手の医薬品のみを優遇するような政策で昔からやっていた小さな医薬品メーカーはこれに対応できず軒並み廃業となってしまったのです。梅肉エキスもそのあおりを受け健康食品となったのです。
しかし健康食品は医薬品と違って認可が必要でないため、参入障壁が低く近年は一部モラルのない事業者が消費者トラブルなどの問題を起こしたりします。これは非常に残念なことです。
民間療法と正しく付き合うために
白石:現在は民間療法がニュースになる場合ネガティブな論調で語られるケースが多いです。この点についてはどうお考えでしょうか?
築田:がんなどの難病分野で特に問題になりますよね。有名人が誤った付き合い方で症状を悪化させたというニュースは後を絶ちません。病気で困っている人が健康被害や経済的被害を受け、損をするようなことはあってはならないと思います。しかし一方で民間療法に罪はありません。先ほども軽く触れましたが多吉が推奨した民間療法は手間がかからず、安価で、身近にあり、誰でも試せるものが多くなっています。使い方を誤らなければ現代にも十分役立つものが多いと思います。もちろん食品やサプリメントにも相互作用と言って薬の効果を弱めたり強めたりする作用がある場合があるため注意は必要です。しかし、結局のところは付き合い方であると思います。それに今のお薬にエビデンスがあってもなかなかよくならない病気は沢山あり、少しでも自分の体調をよくしたくて民間療法に頼る人も出てきます。民間療法はこれからもなくなることはないでしょう。
自分にあうと思った方法を取り入れ、自身の健康や身体に関心を持つようになるならば気持ちも前向きになるため素晴らしいことだと感じます。今の世の中は健康情報と上手に付き合い、現代医学も民間療法も双方ともうまく利用することがますます重要となってくるのではないでしょうか?
参考1:お灸に関しては「民間療法だった。」が正確でしょう。昔は各家庭でお灸をすえることは割と一般的でしたが、現在は1947年に施行されたあはき法(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律)により業として他人にお灸をすることはきゅう師・医師以外法律で禁じられています。ただ現在も自分で自分にお灸をすることは合法です。
取材日:2023年9月13日