鍼灸師が語る井筒俊彦『意識と本質』と身体の本質に触れる治療
私は鍼灸師として日々患者さんと向き合いながら、身体と心の本質に触れることの重要性を感じています。鍼灸治療は単なる対症療法にとどまらず、患者さん自身が自分の体や心の深い部分に気づくための貴重な体験の場でもあります。今回のブログでは、井筒俊彦の『意識と本質』(岩波文庫, 1991)という本を紹介しながら、そこから得られる視点をどのように鍼灸治療に生かせるかをお話ししたいと思います。少し哲学的な内容ですが、リラックスしながら読んでいただければ幸いです。
意識と本質とは何か?
井筒俊彦(1914–1993)は、イスラーム哲学や禅仏教などを横断的に研究し、東洋思想に独自の視座をもたらした哲学者です。彼の著作『意識と本質』では、「意識」と「本質」という概念を通じて東洋哲学を読み解こうとしています。
鍼灸治療でも、表面的な症状を追いかけるだけでなく、その奥にある患者さんの本質的な状態や意識に目を向けることが重要です。では、井筒の哲学がどのようなものか簡単にご説明しましょう。
『意識と本質』の内容を簡単に解説
『意識と本質』は以下の構成で成り立っています。
第一章 意識と本質 ― 東洋哲学の共時的構造化のために
第二章 本質直観 ― イスラーム哲学断章
第三章 禅における言語的意味の問題
第四章 対話と非対話 ― 禅問答における一考察
後記(著者自身による本書のまとめ)
各章を簡単にご紹介しながら、そこにある視点を治療現場にどう生かせるかを考えていきます。
第一章 意識と本質 ― 東洋哲学の共時的構造化のために
井筒は「意識」と「本質」を軸に、東洋思想を同じ時点で並べて比較する「共時的構造化」を試みます。意識とは、人が世界を認識し、物事を捉える働きそのもの。ここでは個人的な主観にとどまらず、存在そのものとしての意識に目が向けられます。本質とは、言葉や概念の背後にある“存在そのもの”。仏教の「空」、イスラーム哲学の「ワーヒダ(統一性)」などがこれにあたります。
鍼灸治療では、この「意識」と「本質」をどう捉えるかが治療方針にも影響します。患者さんが「何を感じているのか」、そしてその奥にある「体が何を語りかけているのか」に耳を傾けることが重要です。
第二章 本質直観 ― イスラーム哲学断章
ここでは「本質直観」という概念が紹介されます。井筒は、論理的な理解を超え、直接“本質”を捉える知のあり方に注目します。これは鍼灸治療の現場で、患者さんの状態を直観的に把握する力と共通します。本質直観とは、理屈を超えた瞬間的な気づきや感覚のことです。
鍼灸師にとって、脈診や腹診を通じて得られる感覚もこの「本質直観」に似たものがあります。治療中、ふと「ここだ」と感じる瞬間があるでしょう。それは単なる理論に基づくのではなく、経験と感覚が統合された直観なのです。この感覚を大切にすることが、より効果的な治療につながります。
第三章 禅における言語的意味の問題
禅仏教では「不立文字(文字に立たず)」という言葉があり、言語を超えた体験としての悟りが重視されます。しかし禅問答では、言葉を媒介にして気づきを促す手法が取られます。
鍼灸の現場でも、患者さんとの対話は大切ですが、それだけに頼らず、言葉に表れない部分をどう感じ取るかが治療の鍵になります。たとえば患者さんが「何とも説明できない違和感」を訴えたとき、その言葉にこだわりすぎると本質を見失うことがあります。こうした場合、直観と非言語的な情報を頼りにする姿勢が重要です。
第四章 対話と非対話 ― 禅問答における一考察
禅問答は一見、対話が成立していないように見えます。しかし井筒は、これが論理を超えた直観的な気づきを促すための手法であると考えます。
鍼灸師としても、患者さんとコミュニケーションする中で「対話」と「非対話」のバランスを意識することが役立ちます。患者さんの反応を言葉だけでなく、表情や体の動き、脈の変化などで捉える。時には説明するのではなく、患者さん自身が「自分の体に気づく」瞬間を待つ。
鍼灸治療に生かす井筒俊彦の視点
では、井筒俊彦の哲学をどう鍼灸治療に生かせるか、具体的にお話しします。
1. 意識と身体の本質を捉える視点
表面的な症状ではなく、患者さんの全体性や本質に目を向けることが重要です。生活習慣やストレス、体質の変化にも目を向ける。弁証論治を「患者さんの本質に触れる手段」として活用する。
2. 言語を超えた直観を重視する
触診や脈診、腹診を通じて得られる感覚を大切にし、直観力を鍛えます。
3. 対話と非対話のバランスを取る
患者さんとの対話を重視しつつ、非言語的なコミュニケーションにも敏感になります。
4. 治療を「気づきの場」として提供する
鍼灸治療を単なる施術ではなく、患者さんが自分の体や心に気づく体験の場として提供します。
まとめ
鍼灸治療は、単に身体を調整するだけでなく、患者さんが自分の本質に気づくためのきっかけを提供する場でもあります。井筒俊彦の『意識と本質』から得られる視点を取り入れることで、治療がより深い体験になるでしょう。患者さん一人ひとりの本質に寄り添い、共に気づきを共有する治療を目指していきたいと思います。