傷寒論とは何か?
1. 「傷寒論」とは何か?
(1)時代背景
成立年代
『傷寒論』は、中国の東漢末期(2世紀頃〜3世紀初頭)に、名医・張仲景(ちょう ちゅうけい)によって書かれたとされています。
社会情勢
東漢末期は戦乱や疫病が広がり、多くの人々が感染症や飢えに苦しんでいました。医療体制も十分ではない中、効果的な治療法をまとめた書物を作る必要が高まっていたのです。
(2)著者:張仲景
張仲景とは?
東漢末の混乱期に活躍した医師。先人たちの医学知識や自身の臨床経験を集大成し、伝統医学の体系化に大きく貢献しました。『傷寒論』と『金匱要略』の2大著作で知られ、「医聖」とも呼ばれています。
(3)目的と内容
目的
もともと「傷寒(外部の寒邪による発熱性疾患)」を中心とした急性疾患の治療法をまとめ、人々を疫病や感染症から救うことが最大の目的でした。
内容
六経弁証(ろっけいべんしょう)の理論 太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰という6つの病位ステージに分け、寒邪が体表から内部へ侵入するプロセスを段階的に整理しています。
具体的な処方(漢方薬) 麻黄湯、桂枝湯、白虎湯、小柴胡湯など現代でも頻用される処方の原型が多数記載されています。
診断法や発汗・下法(瀉下療法)などの治療原則 脈診や症状に着目しながら、どのタイミングでどの治療を行うかを詳述しています。
(4)現代における意義
漢方医学の基礎理論
現在でも多くの医療者が『傷寒論』を学ぶことで漢方薬の処方原則を身につけています。
発熱性疾患へのヒント
「寒気がする風邪」と「熱が主体の風邪」のように、症状のタイプ別に治療を考える上で基礎的な考え方を提供しています。
2. まずは入江祥史先生の著作『寝ころんで読む傷寒論・温熱論』を読んでみよう!
(1)本書の概要
タイトルとねらい
『寝ころんで読む傷寒論・温熱論』は、難解な古典とされる『傷寒論』を原文の条文ごとに意訳し、噛み砕いた解説を加えた入門書です。さらに中国のもう一つの重要な発熱性疾患理論「温病学」も合わせて学べる構成になっています。
対象
漢方初心者の医療従事者はもちろん、一般の方でも「急性疾患に対する漢方の考え方」をざっくり理解できるように工夫されています。
(2)構成と特徴
第1部 傷寒論
傷寒論の背景とバージョン違い 『傷寒論』には宋代以降に伝わる諸版本があり、本書では「康治本」を中心に解説。
六経弁証のわかりやすい図解・解説 「太陽病(表の病)」から「厥陰病(深部の病)」まで、症状と典型的な処方をまとめながら、現代に置き換えて解説。
条文の現代語訳 原文の難解な表現を平易に訳し、実際の臨床例と結びつけて説明している。
第2部 金匱要略
『傷寒論』と並ぶ張仲景のもう一つの著作 こちらは内科雑病や慢性疾患への処方をまとめたもの。本書では簡単に概要を紹介している。
第3部 温病学(温熱論)
温病とは? 傷寒が「悪寒を伴う発熱性疾患」なのに対し、温病は「いきなりの高熱」が特徴。
葉天士(よう てんし)の『温熱論』 衛・気・営・血という四段階の病程を追いながら、辛涼解表(熱を冷ましながら外へ追い出す)といった温病独特の治療法を解説。
傷寒論との比較で理解が深まる 「桂枝湯・麻黄湯を使うか、銀翹散・桑菊飲を使うか」といった対比で「寒邪vs温邪」の治療法の違いを学ぶことができる。
(3)本書の魅力
やさしい言葉と実践的な視点 硬い専門用語ばかりではなく、著者の経験談やイメージが入っているため、読み物としても面白い。
傷寒論と温病論をセットで解説 日本で学ばれがちな「傷寒論」だけでなく、中国で重視される「温病学」も併せて理解することで、急性発熱性疾患を総括できるようになる。
現代臨床に役立つヒント 著者は現代医療の視点も持ち、現場での活かし方を交えながら解説しているので、実践に繋がりやすい。
3. 鍼灸師が『傷寒論』を読むことでの学びや気づきの視点
(1)身体観の再確認
“気血水”や“正邪の攻防”の世界
鍼灸師は経絡や気血の循環を重視するが、『傷寒論』の六経弁証では、邪気がどの段階で身体に入ってくるのかを立体的に把握できます。これは経絡治療や体表観察とも共通する考え方が多く、鍼灸師の診方を深めるきっかけになります。
(2)病位・症状把握の視点
患者の訴えは“表”か“裏”か?
傷寒論では、表(体表・浅い部分)にとどまる邪と、裏(身体の深部)まで入った邪を分けて診断・治療を変えます。鍼灸施術でも、たとえば「肩こりの原因が体表の冷えなのか?内臓由来の冷えなのか?」といった視点を持つことで、治療の一手が変わってきます。
(3)弁証論治と経絡治療の関連
「寒熱を見分ける」ことの大切さ 鍼灸では、経穴に施術して体を温める、あるいは熱を鎮めることを重視します。傷寒論を読むと、「熱証なのか寒証なのか?」を的確に判断する大切さを改めて認識します。
裏表の往来とツボの選択 少陽病でいう「寒熱往来」は経絡的には「少陽経(胆経・三焦経)に問題が生じている」状態と関連づけて考えられ、ツボの選定に大きく影響します。
(4)患者観察のヒント
悪寒の有無と脈・体温の様子 傷寒型の症状(悪寒が強い)と温病型(熱が先行)では、鍼を刺す部位や手技の温め・冷ましの判断に違いが生じる。
経過観察と治療方針の変更 傷寒論は「病が深まり、表から裏に至る」という時間的変化を強調します。鍼灸師も、施術後の変化やその後の推移を観察しながら、治療方針を臨機応変に変える必要があると学べます。
まとめ
『傷寒論』とは
東漢末期の名医・張仲景が書いた、急性発熱性疾患(主に寒邪)を中心にまとめた漢方医学の古典。六経弁証という独特の病位分類を用い、現在でも風邪やインフルエンザなどの治療に生きる重要な理論・処方集となっています。
まずは入江祥史先生の『寝ころんで読む傷寒論・温熱論』で学ぼう
難解と思われがちな『傷寒論』をわかりやすく意訳・解説し、中国医学で重視される「温病論」も同時に学べる一冊。急性疾患の“寒型”と“熱型”をセットで理解できるため、臨床応用に大きく役立ちます。
鍼灸師が得られる学び・気づき
身体観・経絡観の再確認 正気と邪気、表と裏、寒証と熱証などの概念が鍼灸の経絡治療と密接に繋がる。
病位の見極めと施術法の選択 温補するか、瀉すか、といった判断により、鍼やお灸の使い方が変化。
患者の経過観察の重要性 表から裏へ、あるいは少陽の往来など、経過に応じて柔軟に治療方針を変えられるようになる。