スポーツ選手とイップス(ゴルフ・野球など)・音楽家とジストニア、鍼灸治療に関して

スポーツ選手とイップス(ゴルフ・野球など)・音楽家とジストニア、鍼灸治療に関して

「イップス」や「ジストニア」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これらについて説明してまいります。イップスとは・・・例えばゴルファーがパターなどの繊細な動きができなくなったり野球選手のコントロールが定まらなくなったりする病気のことです。スポーツだけでなくピアニストが演奏できなくなったり歌を歌っている人が声が出なくなったり文章を書く人が腕が奮えたりすることでも症状が現れることがあります。イップスの正式名称(医学的に)は「職業的ジストニア」と呼ばれます。イップス(Yips)は「ひゃあ」「うわっ」などの思わずもれる声を意味します。もっとも有名なのはゴルフのスイングにおける運動障害で、これまでスムーズに行えていたことが、突然途中で止まってしまったり、時にはピクっと跳ねてしまったり(jerk)、ふるえたり(tremor)、と様々な症状が出現します。もちろん、ゴルフだけではなく、イップスは野球のピッチングやテニスのサービスなど、他のスポーツでも見られます。★1

このイップスで悩んでいる方は多く大阪大学では、神経内科学と健康スポーツ科学講座が共同で研究や治療に取り組んでいます。一例としてゴルファーのイップスに関する疫学的調査の結果を、2016年に「スポーツにおける職業関連ジストニア(イップス)」(神経内科 2016; 85: 149-152)として報告しています。またトップアマチュアゴルファーにおけるイップスの疫学的背景を明らかにするために、関西ゴルフ連盟の協力を得てアンケートによる実態調査を行ったりもしています。イップスに関する自記式のアンケートを行い、212人から回答を得ています。(回収率100%)。調査時に筋骨格系のトラブルを抱えていた競技者は32%に上るという結果が出たとのことでした。回答者のほぼ全員がイップスに関する何らかの知識を持っており、36%がイップスの経験があると回答しました。海外からも、プロゴルファーの3-5割が経験しているとの報告もあります。

・ つっぱり感やこわばり感

・ 突然の筋肉の収縮

・ 筋肉のけいれん

などが起こりパター使用時が最も多かったそうです。職業性ジストニアの主な特徴は以下です。

・ 同じ動作を繰り返す人が発症しやすい

・ 腕や指などが思うように動かせない

・ 特定の動きをする時だけ発症する

・ 日常生活動作では支障がない

・ 筋肉や骨には異常がない

・ 遺伝的な原因はない

・ 脳卒中やケガなどが原因ではない

・・・特効薬などがないために苦しむ人が多い症状の一つでもあります。

東京女子医科大学病院もジストニアの治療や研究には力を入れています。約15年前より視床に凝固巣を作成することで症状が劇的に改善することを明らかにしました。手に発症する局所ジストニア(職業性ジストニア)の治療では、現在海外を含めてこの治療を行いうる施設は東京女子医科大学脳神経外科のみで、この分野では世界のリーダー的存在とのことです。手術による熱凝固や電気刺激、低侵襲なガンマナイフや集束超音波(現在準備中)など、あらゆる方法により、視床に凝固巣を作成するそうです。日本神経学会 ジストニアガイドライン2018によると

・ 抗コリン薬の投与

・ ボツリヌス治療(ボトックス注射)

等が第一選択とされています。ただしなかなか治りづらく根治まで時間がかかることも多いようです。

・ 鍼治療

・ 理学療法 など

も良いとされています。「鍼治療は血流改善や鎮痛のみでなく,筋緊張の調節を目的とする.筋緊張の抑制・促通ともに可能である」とされています。★2

鍼灸は論文も様々なものが存在します。

以下、症例報告です。

左第5指の局所性ジストニアと診断されたクラリネット奏者1症例に対して、鍼治療をおこなった。症例は35歳の男性で、クラリネット奏者である。X-2年8月、クラリネットの練習中に左第5指の動きにくさに気づいた。左第5指の局所性ジストニアと診断されて内服薬にて治療を開始したが、症状は軽快しなかった。X年1月、鍼治療目的で関西医療大学附属診療所神経内科を紹介されて受診し、研究への同意を得て鍼治療を開始した。動作分析や表面筋電図評価、触診より、本症例の問題点は左第4虫様筋、左第4掌側骨間筋の筋活動低下、左短小指屈筋、左小指対立筋の過剰な筋活動、左尺側手根屈筋の筋活動低下の3点と判断した。鍼治療は週一回、両側上肢区に置鍼、左第4虫様筋、左第4掌側骨間筋、左小指球、左尺側手根屈筋に集毛鍼をおこなった。その結果、6回という少ない治療回数でクラリネット演奏時の症状に改善傾向を認めた。本症例の治療結果から、楽器演奏者の局所性ジストニアに対して、鍼治療が有効であることが示唆された。

他にも小規模研究ですがジストニアに対して鍼灸治療が補助的に有効であることなどが示された以下のような論文もあります。

頸部ジストニアの管理のための補助療法としての鍼治療

鍼治療が頸部ジストニア患者に与える心理的問題に与える影響

などの研究もあります。

ジストニアと一口に言っても病態は様々ですが「保険診療のボツリヌス治療(ボトックス注射)よりも鍼灸治療の方が費用対効果も高い。」という声をいただくことも多いです。弊所は病院の治療方法など否定せずにしっかりお話を伺い必要な場合、漢方内科や神経内科なども紹介し併用しながらの通院を勧めています。まずはお気軽にご相談ください。改善までの見通しや費用のことなどをお伝えします。

 

参考

★1 大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学講座

★2 臨床神経学 51巻7号(2011:7)ジストニアの病態と治療